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東京高等裁判所 平成4年(う)1240号 判決 1993年2月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人駿河哲男提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官奥眞祐提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  事実誤認及び法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実をそのまま認めて、被告人の行為につき窃盗既遂罪が成立するとしているが、窃取したとされる現金九一二〇円は、未だ被告人の占有の下に移ったとはいえず、未遂罪が成立するに過ぎないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明かな事実誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討すると、原審記録及び当審における事実取調べの結果によれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告人は、平成四年八月二三日午後八時三〇分ころ、窃盗の目的で原判示の横浜銀行本店新築工事現場内に侵入した。右工事現場の周囲はフェンスで囲まれていたが、被告人は、西側の一部に設けられていた蛇腹フェンスの止め金具を外して内部に立ち入ったものである。

2  次いで、被告人は、同工事現場内を物色したところ、侵入箇所と反対側の東側部分に、三面をフェンスで囲み、天井をも設けた物置小屋風の区画があり、その一角に原判示の清涼飲料用自動販売機が設置されているのを発見し、同工事現場内の詰所から持ち出した玄能とラチェットレンチを用いてその扉の錠の部分を破壊し始めた。

3  同日午後八時四〇分ころ、同工事現場の警備員である相原重治が、東側のフェンスに設けられた三箇所のゲートのうち右自動販売機に最も近くこれを見通せる位置にある第二ゲートの鍵を開け内部を覗いたところ、自動販売機を破壊中の被告人の姿を認めたため、右第二ゲートの鍵を閉め、約二〇〇メートル離れた工事現場事務所に赴き、同所から警察に一一〇番通報をした後、右ゲート付近に戻り、警察官の来るのを待っていた。

4  被告人は、これに気付かないまま右自動販売機の錠を壊し終わって扉を開け、中から硬貨九一二〇円在中コインホルダー(縦約一八センチメートル、横約八センチメートル)を取りはずして手にしたうえ、これを傍らのベンチ上に置き、更に札入りのホルダーをはずそうとしていた同日午後八時五六分ころ、前記通報によりその場に駆けつけた警察官が前記相原と共に第二ゲートから工事現場内に入り、被告人に声をかけた。

5  被告人が逃げることのできる方向は、警察官らが入ってきた第二ゲートに面していたため、被告人は逃走を断念し、その場で警察官に逮捕された。

以上の各事実を前提として所論の当否をみると、被告人は、無人の工事現場内にあった自動販売機内部に投入された金銭を窃取しようと考え、右自動販売機の錠を壊して扉を開け、中から携帯・持運びの容易なコインホルダーを取り外して自己の手中に収めたのであるから、右金銭在中のコインホルダーについて、自動販売機の管理者の占有を排して、これを自己の占有に移したとみるのが相当であり、その時点において、窃盗は既遂の段階に達したというべきである。

所論は、①本件工事現場はフェンスに囲まれ、しかも前記相原がゲートに施錠をし被告人を監視していたこと、②被告人は、逮捕された時点で窃取行為を継続中で搬出行為もないことなどから、被告人は未だコインホルダーの占有を取得していないと主張する。

しかし、①については、被告人の窃取行為中、東側フェンスの三箇所のゲートは施錠されていたものの、被告人が侵入した西側の蛇腹フェンスからは容易に脱出可能であるうえ(なお、内部からは第一、第二ゲート脇の扉を通っても通行可能であったと認められる。)、相原は、工事現場と事務所の往復等によって、終始被告人を監視していたわけではないから、この点を重視するのは相当でない。なお、警察官がその場に駆けつけ工事現場内に立ち入った事実も、既遂後の事情に過ぎないとみるべきである。また、②については、確かに被告人は、逮捕された時点においてさらに札入りのホルダーを取り出そうとしていたことは認められるものの、このことによって右札入りのホルダーとは別個の財物であるコインホルダーに関する窃取時期が左右されるものではないうえ、コインホルダーの形状は前述したとおりであって、比較的小型で容易にポケット等に納め得るものであるから、その占有取得のため、持運びないし構外への搬出を必要とするとは考えられない。なお、被告人は、コインホルダーから硬貨を取り出し、これのみを持ち出すつもりだったと供述しているけれども、このことによって窃盗の既遂時期が左右されるものでないことはいうまでもない。

そうすると、被告人に窃盗既遂罪の成立を認めた原判決には、所論のような事実誤認及び法令解釈適用の誤りがあるとはいえない。所論引用の判例はいずれも本件とは事案を異にし適切ではなく、論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役一年二月に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

記録によれば、本件は、前記のとおり、原判示の日時、場所において、被告人が、自動販売機の中から現金九一二〇円を窃取したという事案である。犯行の動機に特に酌量すべき点はなく、また、犯行の態様は道具を用いて自動販売機を破壊したうえなされたもので悪質であり、被害金額はさして多額とはいえないものの、自動販売機の修理に多額の費用(約四〇万円)を必要とする点を無視できない。さらに、被告人は、①平成元年七月に窃盗罪で懲役一〇月、執行猶予三年に(後に右猶予が取り消される。)、②同年一〇月に同じく窃盗罪で懲役二月及び同六月に処せられ、右①の刑による仮出獄中の身でありながら、何ら反省自戒することなく本件犯行に及んだものであることをも併せ考えると、犯情はよくなく、罪責は重いというほかない。

そうしてみると、被告人が窃盗現場で逮捕されたため、窃取した現金はその場で押収されて、被害者側に還付されていること、叔父が被告人に対する今後の指導監督を約していること、被告人の反省の態度、生い立ち及び家庭の状況等被告人のために酌むことのできる情状を十分に考慮しても、原判決の量刑はまことにやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官宮嶋英世 裁判官中野保昭)

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